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自己研鑽〜成長することにとらわれず変化を楽しみ進化する

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雑記

私には、成長しなければという強迫観念に囚われている友人がいる。

彼に言わせれば、「成長しない人間は害悪」なんだそうだ。

友人である私だって、成長しているとは言えないが。そんな私を受け入れることは彼にとっては「成長の証」なんだそうだ。

何だかとっても生きていくのが辛そうに見える時もある。

 

私は思う。

成長することにとらわれて生きていくよりも、状況・環境の変化に都度対応し、結果進化できたら良いなって。進化できなくてもその変化自体を楽しめれば満足。

まぁそうは言ってもあらかじめ変化に対応できるように、読書なんかして勉強はするけどね。

成長すること自体を目的にしてしまうと辛くなる

友人の話に戻す。

彼はまるで成長することが生まれてきた目的、使命だと言わんばかり。

ちなみに彼は本をよく読む。カテゴリーでは「ビジネス書」と「自己啓発」が多いかな。

それを並行して2〜3冊読むのだ。

1冊は全く初めて読む本。2冊目は、1度読んで学びが足りないと思った本。3冊目は、2度読んでも得られたものを言語化できていない本。

成長することのみを目的にしていると、本を読むことでさえ「成長できるか否か」の行動となる。

正直、顔を合わせるたびに思う。

「お前、生きてて辛くない?何も考えずに腹かかえて笑ったり、無性に腹が立ったり、気づいたら涙がこぼれていたなんて経験したことないだろ?」

私も、おそらくこれを読んでいるあなたも、凡人だからわかると思う。

成長のために栄養やカロリーを完全にコントロールした、味気のない食事を決まった時間に決まった回数食べるなんてうんざり。

美味しいと思うものを、食べたい時に食べたいだけ食べる。その方が満足できるし、何より楽。

確かにその結果、腹が出たり、病気になったり、楽した影響って体に出てくるけどね。

 

成長ってことが目的ではなく、「100歳まで生きる」ことが目的なら、食事も考える。

「成長したい」って意欲があるのは素晴らしい!けど、その先の何に期待しているのかって明確にしておいた方がいい。

 

「人間的に成長して、いつか松下幸之助さんのような大経営者になる」

みたいに。

成長なんていつの間にかしているもの

「人間的成長」って言葉、最近よく耳にしるし、その影響か私自身も口にする。ただその人間的成長って、どんな状態を指すのかはわからない。

子供の頃のように、体が大きくなった、身長が伸びた、で「成長したね」って言ってもらえるような何かがあるのだろうか?

この辺をはっきりしないから、ゴールのないマラソンをただひたすら走ることになるのだと思う。

 

ただ「成長したい」というなら、そんなものは自然にしていると思う。

毎日何かの刺激を受けて、考えたり悩んだり、笑ったり怒ったり、言葉にしたり態度に出したり。そんなことをしながら、自分や自分の周りがほんのちょっとだけ昨日より変わっていってる。で、またその変化に自分は何かを感じる。

それが成長。浅はかな私はそう思います。

結局自分に満足できてれば良いじゃん!

「成長したい」ということが目的ならば、自分が自分に満足できること。それでいいと思う。

だから今回の記事、余計なお世話もいいとこ(T ^ T)。

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