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戦略的休息〜休日の罪悪感からの解放

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雑記

休みの日は何をしているかな?

ひょっとして

  • 寝ているだけで1日が終わってしまった
  • 出かけたかったけどその気力もなくボーッとしていた
  • 色々ムシャクシャしていて昼間っから酒を飲んでしまった

それとも

  • 以前から気になっていた本を一気に読んだ
  • 子供と一緒に1日中走り回っていた
  • 自己研鑽のために資格試験の勉強をしてた

いずれにせよ、私たちが休みを終えると、「何かした」という日が1日増える。

それは多分、「何もしなかった」という罪悪感を避けるため。

そこで不思議に思う。

いつから私たちは休みの日には「何かしなくちゃいけない」なんて思うようになったのだろう?

何かをしなくちゃ、という謎の強制圧力

休みの日に何もすることがないという罪悪感、または喪失感。

おそらくそれを避けるため、なんとなくにせよ「明日の休日にはこれをしよう」という予定を私たちは立てる。

「何かをしなくてはいけない」

なぜそんな風に思うのだろう?

例えば、今の仕事が本当に!心の底から!嫌いな場合。

休みはそれこそ特別な日になるだろう。

何せ嫌いな仕事から解放されるのだ!その1日を謳歌しなくてはいけないと思うのは当然。

でもならば、転職活動でもした方がよっぽど有意義な休日なんじゃないか?

あとは、休日も仕事の一環と考えている場合。

残念ながら、休むという行為さえ仕事という考えになってしまっている人。残念というか、心から「お疲れ様です」。

 

だけど上記以外の場合でもなぜか感じる。

「何かをしなくてはいけない」という謎の強制勢力。

つきなみだけど、日本人って本当に真面目だってことですね。

何もしないという予定ではダメなのか

正直に言えば、私は何もしなかった休日なんてたくさんある。

でもやはり罪悪感から、出勤して職場で「昨日何してた?」と聞かれれば、

「うん、飯食ってボーッとしてた」

と答える。

罪悪感からせめて、「飯食った」、「ボーッとしてた」という行為をしていたと答えるのだ。正直に言えば、本当は何もしていない。

で思う。何もしないと決めてしまえば、それはそれで予定通り休日を過ごしたことになるのではないか?と。

何もしない言い訳ならできる。

  • 仕事で溜まった疲れやストレスを何もしないことで解消するため
  • 何もしない、何も考えないことで精神的な安定を図るため
  • 仕事や社会活動から1日だけでも離れ、自己を見つめ直す

あまりうまい言い訳でもないが、何もしない理由ではあるかな?

要するに、何もしない理由がある以上、何もしないという休日の予定は立派な計画だってこと!

これでいいのだ!

休めるならゆっくり休め

何より思うのは、休日にゆっくり休めるのなら、ゆっくり休んだらいいじゃないか!ってこと。

あなたが身近にいるあなたの上司や先輩、同僚や部下、取引先や顧客からどんな評価を受けているのかは知らない。

けど、あなたは休日以外、必死でやってる。

だから今度の休みは、「何もしない」と心に決めて、ゆっくり休んでほしい。

心と体をしっかり休めて、そしてまた、休日明けには必死でやればいい。

これを「戦略的休息」といいます。

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