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個性とはいつでも本音・素のままでいることで生まれるのかもしれない

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雑記

私の大嫌いだったコンサルタントの先生の話。

彼は

  • 服装・見た目
  • 話し方・話す内容
  • 考え方

全てが個性的だった。

そんな彼に、会社内をメチャクチャにされているような気がして、
私は正直彼のことを好きにはなれなかった。

ただ彼は、難しい言葉でごまかさず、一般的な言葉で経営課題を紐解いてくれていた。

そして

  • わからないことは、わからないと言い
  • できないことは、できないと言い
  • 良いところは、とことん褒めちぎり
  • 悪いところは、歯に衣を着せずにズバリと言う

コンサルタントとしては、今なお「???」と思うところはある。
しかし今、人間として彼を見てみると、とても記憶に残る人物だと気づいた。

それは彼が、人からの非難を恐れず、本音で生きていたからなのかもしれない。
まぁ、非難を恐れない言動から、私に嫌われたのかもしれませんが(苦笑

 

個性とは本音・素のままで生きることで生まれるのかもしれない

上述した個性的なコンサルタント。
彼を仮にA先生と呼びましょう。

A先生は、

  • 裏表がなく
  • 言動に一貫性があり
  • 思ったことは思った時に言葉にする
  • 人に否定や馬鹿にされても全く気にしない

「熱さ」を感じていたわけではありませんでしたが、これらを気にしない理由。
それは、対峙した人とは本音で、常に真剣勝負だったからかもしれません。

 

  • 人に合わせて、意見をちょっと変えればうまくいくのに、それをやらない
  • 疲れている時などは、発する言葉と行動がズレる時があるかもしれないが、
    A先生はそれはしない
  • 思ったことをそのまま言葉にすると角が立つ、と私などは気にするが、
    A先生は気にせず思ったことはそのまま言葉にしてしまう
  • そもそも他者と自分を切り離して考えているから、自分の意見を否定されても、
    自分とは違う考え方があってもそれをどうこう言わない

思うに、特別な能力や才能のない私などの個性とは、このように本音で生きることで
生まれるのかもしれません。

 

個性が強ければ嫌われもするがそれ以上に濃いファンがつくことがある

A先生は、個性が強い。

そのことで、嫌われもしている。
(実際私をはじめ、私の元勤務先ではほとんどの従業員に嫌われていた)

しかし、それ以上に濃いファンが多い。

 

嫌われるのはわかる。

よく考えて発言しているつもりなのに、

「君、考えが浅いよね!?」

と、一言で成敗される。

そんな相手をストレートに好きになることは少ない。

 

でも、そんな物言いが堪らなく好きな人もいるわけで。
そんな人たちから、A先生は尋常ではなく好かれている。

 

考えてみれば、歯に衣着せずに、意見を真っ向から真剣勝負で、本音で、
一緒になって考えてくれる人って、実はなかなかいませんものね。

 

A先生は、その本音で生きることで生まれる個性のために、
嫌われもしているが、
尋常ではなく好かれもしている。

言い方を変えれば、A先生は

来るもの拒まず、
去る者は追わず

を実践している人、と言えるかもしれない。

 

個性を生み出す「本音で生きる」とはどういうことか?

わからないことをわかっているフリをして曖昧にしない

A先生は、難しい言葉や言い回しに決して曖昧に返事をしない。

私などは、

「NFTでWEB3がDXの方向にうまくいってて〜・・・」

などと、難しい(?)単語が並ぶと、とりあえず
「ヘェ〜!そうなんだ!!」
と答えてしまう。
(実際NFTもWEB3もDXも難しいというよりわかっていない(汗))

しかしA先生は違う。

  • 「NFTって何?」
  • 「WEB3ってなんなの?」
  • 「DXって一般的な言葉で説明してみて!」

わからないことはそのままにしない。
というより、わからないまま会話が進んでしまうことを恐れている。
そして何より、ごまかされることを恐れている。

質問をした時には、A先生は素直に目の前の教師から学ぶ生徒になる。

 

対峙した人やグループによって自分を変えることはしない

A先生がはじめて私の元職場にきて、従業員に講義をするときのこと。

私は、A先生が気を悪くしないように、あらかじめ従業員の態度について耳打ちした。

「A先生。我が社はまだまだ勉強をしているものも少なく、本日の講演ではA先生からの
お話を聞けることを素直に喜んでいるものは少ないです。
特に他業界の話になると、『俺には関係ねぇ!』とばかりに寝込むものもいると思います。
できましたら業界の話を中心にしていただけたら幸いです」

 

そしてA先生の講義。

「製造業界では・・・」

「今の世の中、SNSやネットを駆使して・・・」

「この会社でやっていることは10年遅れているよね!」

・・・。

業界関係なし。

心配していた通り、講義の最中に寝込むもの、不貞腐れた態度をとるもの、
ため息を仕切りにつくものが現れた。

 

相手に合わせる。
これは、大人としての常識に近い考え方だと思っていた。

しかしA先生は違った。
(ちなみに社外のコンサルの先生を前にして、いつも通りの態度をとった
我が社の従業員も「相手に合わせる」ということはしなかったということになる、のか?)

 

いわく、

相手に合わせてその都度、その都度、言葉を変えていては疲れるでしょ?
なぜ疲れるのかって、その辻褄合わせを一生やっていかなくてはいけないからだよ。
そんなことに精神力や体力を使うくらいなら、私ははじめから相手に合わせることはしない。
常にぶれない自分というキャラで生きる。だからキャラに一貫性が生まれるんだ。
キャラに一貫性を保っていれば、人に合わせるということでは疲れないよ。

本音で生きることということをはじめてみよう

今更かもしれないが、A先生には今では感謝している。

(A先生に言わせれば、「感謝している」なんて言葉でごまかすな!となりそうですが)

 

人に馬鹿にされたって構わないじゃないか!
だって、あなたはそれを知らなかったんでしょ?

でもこれを機に勉強すれば良いじゃないか!

わかっているフリをしてごまかすな!

ついでに、好きでもないものを相手に合わせて好きとか言うな!
それもごまかしだ!

嫌いなものは嫌いと言え。
しょうがないじゃないか?
嫌いなものは嫌いなんだから。

でも、少なくとも自分の思いや考えは言葉にしておきなさい。
好きな理由、嫌いな理由、これも言葉にしなさい。
良いと思うこと、悪いと思うこと、これも言葉にしなさい。

そうして出来上がった「自分」と言うもの全力で活用して
この世の中を大いに楽しみなさい。

 

私がA先生を嫌いだった理由。

それは、その時の私はまだ、自分をさらけ出してA先生と真剣勝負をする自信がなかったから。

自分の個性を出すことよりも、他者にどう思われるかばかりを気にしていたから。

私が私である理由。
それが個性。

ならば人は、本音で生きることでしか、本当の個性は手に入れられないのかもしれません。

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